gbが語る「ゼロカラ」までの道のり、父のこと、J-POPへの思い 〜4/15 リリースの新曲「ゼロカラ」を機に、原点と現在地をたどるロングインタビュー〜
2026.04.01
gbが語る「ゼロカラ」までの道のり、父のこと、J-POPへの思い
4月15日リリースの新曲「ゼロカラ」を機に、原点と現在地をたどるロングインタビュー
心に寄り添うあたたかな歌声とメッセージで、多くのリスナーの共感を集めてきたシンガーソングライター・gb。4月15日にリリースされる新曲「ゼロカラ」は、出会いや別れ、新たな始まりが交錯する季節にそっと寄り添う一曲だ。今回のインタビューでは、この新曲に込めた思いを軸に、父ジョージ・ブラウンから受け取ったもの、自身のルーツ、そしてJ-POPへの思いまでをじっくりと語ってもらった。gbの原点と現在地をたどるロングインタビュー。
心に寄り添う前向きさを宿した、あたたかな歌声とメッセージで共感を呼ぶシンガーソングライター・gb(ジービー)。その楽曲は、聴く者の心を元気づけることから“ビタミンソング”とも称される。
アーティストネームの“gb”は、本名のグレゴリー・ブラウンに由来すると同時に、実父でソウル界のレジェンドグループ・Kool & The Gangのオリジナルメンバー、ジョージ・ブラウンの愛称とも重なる。
圧倒的な音楽的バックグラウンドを有するgbが、ソロデビュー3作目となるシングル「ゼロカラ」を完成させた。洗練された洋楽も彷彿とさせるさわやかなサウンド感を携えながらも、期待と不安が入り混じる春に似合う、耳に心地よいJ-POPに仕上がっていることからも彼の多様で奥深い音楽的才能がうかがい知ることができるだろう。
ソロアーティストとしては、デビュー1年目のニューカマーだが、作家としてのキャリアは十分すぎるほど。SixTONESや超特急、EXOのCHANYEOLのソロといった、名だたる国内外の人気アーティストへの楽曲提供も多数手がけている。そんなgbが、なぜ、いま「ゼロカラ」を創り、歌ったのか……その思いを紐解いていこう。
――ソロデビュー3作目となる「ゼロカラ」は、出会いや別れの季節・春にぴったりのナンバーですね。
gb:次のシングルを春先に……と考えていたんです。日本では、春というとやっぱり出会いや別れ、期待や不安を抱える季節ですよね。だから、そんな季節に誰かの心にそっと寄り添えるような楽曲を作りたいと思ったんです。
あと、「ゼロカラ」という曲には、自分にとっての新たなスタート、みたいな意味も込めています。ありがたいことに、デビュー曲「SMILE IN YOUR FACE」で土岐麻子さん、荒谷翔太さんとコラボレーションさせていただきました。2曲目「車窓」では、僕と縁(ゆかり)が深いビッケブランカさんがプロデュースを買って出てくださいました。たくさんの方が僕のスタートを応援してくれたんですよね。そうしたサポートがあったからこそ、ようやく自分の力で一歩が踏み出せる……そう感じたんです。
――歌詞の中で、特にご自分らしさが発揮できたと感じるところは?
gb:そうですね……(アカペラで口ずさみながら)
“置き去りの声がまだ鳴いている
消せない傷も嘘も全部
僕を形作ったんだ
何度でも壊れながら
何度でも息をして
終わりの中に始まりを
見つけようとしていたんだ”
このあたりは、自分っぽいなと思いますし好きなパートですね。
僕って結構、たそがれちゃうタイプなんですよ。昔の記憶を頭の中からいつまでもデータ消去できない。フラッシュバックするし、思い出して懐かしんじゃうんです。いつまでも心の中で“うずうず”するようないたたまれないような感情がずっと残ってしまって、自分を苦しめたり追い込んだりするんだけど、だからこそまたそこから始まりを見つけて息を吹き返せたりもするんですよね。
――ご自分の経験した痛みや思いを歌に乗せるから、聴く方も共感しやすいのかもしれませんね。
gb:そうだとしたらうれしいですね。この曲もいつもと同じように歌詞とメロがほぼ同時に浮かびました。曲を作るときは、まず全体的にどんなことを歌いたいのか自分のなかで決めて、そこから言葉やメロディーをはめていくみたいな感じなんです。
たとえば、10代は本気でバスケットボールのプロ選手を目指したけど、ケガなどがあって断念しました。そのときの悔しさや苦しさも、いまだにすごく鮮明だったりするから、正直、日常生活でつらいなって思うこともあるんです。でも、「あの時はああだったな」とか「これ、なんかすごく悔しかったな」といった感情を昨日のことのように思い出せるからこそ、それをいつでも歌にリアルに込められる。歌詞を書く上では、便利だし、いい性格だなと思います(笑)。

――歌詞で悩むアーティストも少なくないと聞きますが、作詞ではあまり煮詰まらない?
gb:時間をかけて作る歌詞も良い点はあると思うのですが、書こうと思い立った日に完成しないと、自分のなかに芽生えた感情の鮮度がどんどん失われていく気がして、「もういいかな」って思っちゃうんです。でも、最近は少し大人になったので2日間くらいは持ちこたえられるようになりました(笑)。
レコーディングで歌録りするときも、もちろんピッチが合っているということは下地にありますが、自分で聴いて“気持ちがいいな”という感覚だったり、ニュアンスだったりを重視します。その瞬間にしか出せないグルーヴ感や、些細な声のニュアンスみたいなところは、現代のテクノロジーでもカバーできないところだと思うので、そこは大切にしたいんですよね。
――ちなみに、タイトルを「ゼロカラ」とカタカナ表記にした理由は?
gb:あ……。あの、ビジュアル的にかわいかったからです。歌詞では、「ゼロZeroから」って書いていたりもするんですが、僕自身は見た目的にちょっと“こわもて”みたいに思われることもあるんですけど、実はかわいい感じのものが好きだったりするんですよね(笑)。
シリアスなトーンで話していたかと思えば、茶目っ気たっぷりに笑顔を見せるgb。自らがおどけることで、そこに居るみんなが心地の良くいられるよう、常に気を配っているように感じた。人には見せないやさしさや繊細さを備えているからこそ、彼の楽曲は聴く人の心にそっと寄り添えるのだろう。
そうした鋭敏な感性は音楽家としての才能ともいえるが、偉大なミュージシャンである父、もうひとりのgbと過ごした時間も彼に少なからず影響しているのだろうか。
――父親であるジョージ・ブラウン氏から、音楽的にどんなことを受け取ったと感じていますか?

gb:幼いころにアメリカの父の家で過ごすと、24時間途切れることなくうっすらとクラシック音楽が流れていたんですよ。子供ながらにそれがちょっと怖かったし、夜は気になって眠れませんでしたね。
僕には、異母兄弟が5人いるんですが、僕が育ったのは父がアーティストして脂がのっていた時期。早朝から深夜までスタジオにこもって音楽を創っていたので、父親というよりは音楽が大好きな人、アーティストだと感じていました。下の兄弟とは旅行に出たりもしていて、そういう姿を見ると「父親してるな」って。
父からは、ときどき「ピアノが少し弾けると楽しくなるよ」と言われましたが、僕は面倒くさがりだから「そうだね」って言うだけで(笑)。僕が知る父は音楽漬けだったし、音楽に溢れすぎていたから、子供のころは自分から音楽を聴こうと思ったこともほとんどありませんでした。
――情報量が多すぎると、自分から手を伸ばそうと思わなくなるかもしれませんね。
gb:だから、今も楽器がうまく弾けないし、楽器で曲を作ったりすることもできません。実は、音楽活動を始めてからちっちゃいキーボードやギターを買ってみたんですよ。結局、僕には合わなくて部屋のインテリアになっちゃいましたけど(笑)。
そうそう、父が自分のバンドで奏でていたのはソウルやファンクでしたが、さっきも言ったようにクラシックからなんでも分け隔てなく聴いていましたし、ヘヴィメタルのアーティストを手がけたときは本人も楽しみながら取り組んでいましたね。本当に音楽を愛していたんだと思います。
僕もジャンルにとらわれず、どんな音楽も好きです。だから、アイドルグループや声優さんなど、いろんなアーティストさんに歌詞を書くのがすごく楽しいんです。すべてを“音楽”として楽しめるのは、父から受け継いだ遺産なのかなと思います。
――gbさんが、表現としてJ-POPを選んだのは音楽的に多様性を感じるからですか?
gb:うーん……。純粋に、J-POPが好きなんです。僕は、母の実家である東京・神楽坂の呉服店で育ったんですが、商売をやっていたこともあっていつも親戚とか近所の方が行き来して、大勢の大人に見守られながら育ったんです。そんなシームレスな環境だったから、子供の頃は自分がハーフであることをあまり意識したことがなかったんですよね。
でも、音楽活動を始めると、僕の生い立ちとか見た目を途端に意識せざるを得なくなったというか。僕の見た目や出自から、「この人は、きっとR&BやHIP HOPをやってるんだろう」って先入観を持たれることが多かったし、それを期待されたりもしました。かつて3人組で活動していたときは、僕はラップを担当してサングラスをかけたりもしていたんです。そのころからかな……、「自分は日本人だけど、日本人じゃないんだ」みたいに感じるようになったり、もう1つのルーツであるアメリカも意識するようにもなったりしたのは。
――ポップ・ミュージックの世界的中心地は、今も昔もやはりアメリカですからね。
gb:日本では外国人っぽく扱われるけど、アメリカで過ごしていると多様性のある国でも、なんとなくなじめない感じがあったんです。「どこにいても、何かしらのフィルター越しに見られるんだな」と痛感していたとき、父に言われた言葉が結構、響たんです。
父は、いつでもスタジオを自由に使っていいよと言ってくれていたので、そこである企画で英語の歌詞を書いていたんです。それを読んだ父から、「アメリカで暮らしていないからこそのテーマや内容、日本人として感じることを書いた方がいい。そうじゃないと嘘になる」と言われたんです。ハッとしましたね。
「自分とは何者か」を常に突き付けられ、その答えを見つけるために長い時間、もがいたに違いない。穏やかな笑顔の裏でgbは、自分の夢を負えば追うほど、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)にさらされてきたのではないかと思うと、胸が締め付けられる思いがした。

――自分の音楽がうまく届けられないとき、「もうやめよう」と思ったことはなかったのですか?
gb:それは1度もありません。やっぱり、音楽が好きだから。不思議なものですよね、小さいころは全然音楽に興味がなくて、初めて買ったCDは母へのプレゼントでした。たまたま学校の友達に誘われて人前で歌ったとき、目の前の人たちが嬉しそうにしてくれたのがめちゃめちゃ楽しくて。それをきっかけに、音楽活動にのめりこむようになった。、そのときから音楽で生きていこうって。
僕が、生まれて初めてあこがれた職業はシェフだったんです。おいしいものを食べてるとき、人は誰もが幸せじゃないですか。バスケ選手を目指したのも、その競技を愛していたのと同時に、たくさんの人が自分のプレーを見て感動したり、元気になれたりするのがいいなと思ったからかもしれません。
音楽って、聴いたとたんに誰かを励ましたり、寄り添ったり、ちょっと幸せにしてくれるものだと思うんですよ。だから、仮に自分が表舞台で歌えなくなったとしても音楽にはずっと携わりたいと思っていました。
事実、多くのアーティストから求められるクリエイターになったのは先述の通り。しかも、オファーのほとんどがgbの紡ぐ歌詞なのだという。
自らの過去をビビッドに記憶し続けながら、自分や他者の痛みを人一倍感じてきたであろうgb。心の機微や言葉の外に潜む感情や行間を読み取る、ハイコンテキストな日本語という文化でこそ、自力を発揮できるのだろう。つまり、彼にとってJ-POPこそが音楽としての最適解だと自ら導き出したに違いない。
――望めばアメリカで音楽活動できたのではないかと思いますが、それを考えたことは?
gb:よく、人からも勧められましたが、自分で思ったことはないですね。向こうで流行っている音楽を作ったり、拠点をアメリカに移して活動したりするのではなく、日本で活動して、いずれはそれを海外にも持っていきたい、日本の音楽を広めたいという気持ちが強いんです。
プロのバスケ選手を目指していたときも、父は「アメリカでやるなら協力する」と言ってくれました。けど、なんていうか、ちっちゃい反抗期みたいなところもあって……、「いいです、日本で頑張ります」って言っちゃったんですよね。
――他力本願は嫌だった?
gb:生まれ育ったのは日本ですし、最初にデビューして音楽家として歩み出したのも日本ですから、それをずっと背負っていきたいなというか。そもそも大家族の中で育ってきたわけで、古き良き日本の風景を見てきたんですよね。母はオープンマインドな人で、僕はそれも受け継いでいるんですが、その一方で、祖父母からは愛情深くも厳しく育てられましたから、めちゃめちゃマインドが日本なんですよ。
インディーズでは2人組で活動していたんですが、その頃こから自然と歌詞の中で英語から日本語の比重が増えていったんです。日本語で書く方がずっと自分の性格に合っていると思いますし、新曲の「ゼロカラ」に至っては、数個だけ英単語が出てきますがほとんどは日本語です。いまどきのJ-POPではかなり少ないほうじゃないかな(笑)。

――「ゼロカラ」によって、gbさんのキャリアがある意味また始まるわけですね。今後どんなアーティストを目指したいですか?
gb:以前に比べて、ハーフとかミックスの人が音楽シーンに増えましたが、僕のような黒人系のルーツがあると、まだまだ「HIP HOPをやってる人」とか「ソウルをやってる人」と見られがちだと思うんです。けど、世界中では白人やアジア人がHIP HOPをやっていたり、黒人がロックをやっていたりしますよね。誰もが自分のやりたい音楽を無条件に鳴らせる、そんな地ならしみたいなものができるアーティストになりたいなと、すごく思いますね。
僕は、ウィル・スミスがすごく好きなんですが、その理由は彼が出てきたことでHIP HOP、ラップの概念が変わったと思うからなんです。彼以前は、アンダーグラウンドでちょっと怖い、マッチョで不良っぽい音楽だと見られていました。ウィル・スミスはHIP HOPをポップスへと昇華させ、役者としても成功したことによって、お茶の間にHIP HOPを浸透させた功労者だなって僕は思うんです。
なによりウィル・スミスは、その佇まいがハッピーなところがいいですよね。僕もそんなふうに、誰かの新しい音楽に出会える接点になれたり、音楽的な視野が少しだけ広がったり、または、僕の音楽に触れた人がニコニコしたり、幸せな気持ちになれる……そんなアーティストになりたいんです。
日本武道館でライブをしたいとか、ワールドツアーに出たいと言ったパーソナルな目標ではない。「音楽を通じて誰かをハッピーにすること」が、gbの子供のころからの変わらぬ夢だ。欲がないというより、夢のスケールが大きすぎるといったっほうがいいだろう。
その純粋さを貫き守り続けることは、当然ながら簡単ではない。ときにルーツのはざまに揺れながら、自分が鳴らせる音楽の本質とは何かを、痛みを伴いながらも追い求めてきたのだろう。
そんなgbが、ゼロ地点と位置づける新曲「ゼロカラ」では、上書きできない過去を赤裸々に吐露しながら、“終わりの中に始まりを見つけ”、“ここからまた歩き出せば”いいと背中を押す。
その言葉は、彼の内なる叫びであると同時に、戸惑いを抱えるすべての人に向けられたとびっきり温かなまなざしだ。「ゼロカラ」は、多くの人にとって旅立ちへのはなむけであり、そして、悩んだり迷ったりしたときに立ち戻りたくなる、生涯の友のようなライフソングにきっと成っていくことだろう。
(インタビュー 橘川有子)
◾️Release Information

Digital Single「ゼロカラ」
2026年4月15日(水)リリース(ドリーミュージック)
https://lnk.to/gb_zerokara
